(日本版) ファッション業界を席巻する CEO達 ーvol 2ー

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今回は、『(日本版)ファッション業界を席巻するCEO達 -vo1-』に引き続き、日本だけにとどまらず世界に大きな影響を与える日本人CEOを3名紹介しよう。

 

不振の『ワールド』を救う「再生請負人」となるか / 株式会社ワールド


『株式会社ワールド』は、遡ること1959年。神戸市の零細アパレルメーカーである光商会(現:株式会社エンパイアー)の社員だった『畑崎廣敏』『木口衞』の2人が退社後に創立。

多くのアパレルメーカーが一社一ブランドの経営戦力を取っているのとは対照的に、ワールドは創業以来、多ブランド戦力を展開。

ブランドの広告や店舗設計に際しても、ワールドという社名ではなく、「UNTITLED」や「TAKEO KIKUCHI」などブランド名のみを前面に出してプロモーションを行うのも創業以来の特徴だ。

この戦略で、ワールドはカジュアルからフォーマル、そして幅広い年齢層を顧客とすることに成功する。

このまま順調に伸びるのかと思いきや、他のアパレル企業に先駆けて、商業施設向けの出店を加速させたことでオーバーストア状態となり、競争が激化。

リーマンショック以降は、『ユニクロ』や『ZARA』などファストファッションに侵食され、2015年3月期の営業益は52億円にまで縮小ししている。

そして、そんな崖っぷちに立たされた『ワールド』の復活を託されたのは、外部出身で常務執行役員COOを務めていた『上山健二』だ。

出典:https://www.wwdjapan.com/10311

上山氏はそれまで、いくつかの企業の社長や副社長で経験を積んで、会社更正法家にあった企業の再生を計画より12年も早く更生手続きを集結させた実績がある。まさに『ワールド』を救う「再生請負人」として、初の創業家以外で社長に就任。

消費を取り巻く環境が変わった今、「変えるべきところと、変えてはいけないところを見極めて、 粛々と進める」と語る、上山氏は『ワールド』の今までの企業方針にちょっとしたスパイスをかけているようだ。

出典:https://asahip.jp/bs/scapr/pages/bo/template.faces?ih=/contents/special/monthly/201209/world


まず、今年の3月までに、3000店舗中、約500店舗を閉店、13ブランドを廃止を決定。

そして、全社員の4分の1に当たる500人の早期退職を募るなど、経営悪化を立て直すにはいろいろと決断も必要だということだろう。

加えて、出店は地方の小商圏がターゲットとし、ブランドのコアなファンの心に響くように、ウェブにも力を入れていく戦略で、2015年の営業利益は赤字から黒字転換している。

これから先、国内アパレルの先駆者的存在であった大企業『ワールド』が返り咲くかどうかは、「再生請負人」である『上山健二』の腕にかかっている。

 

デジタル化の時代だからこそ、人間味のあるアナログに着目するCEO / 株式会社オンワードホールディングス


『オンワード樫山(現オンワードホールディングス)』の創業者である故樫山純三氏は、1901年、長野県生まれ。丁稚(商家に年季奉公する幼少の者)として、東京の三越呉服店に住み込み、商業の基礎を学ぶ。

1927年、彼は25歳で独立して大阪にて樫山商店を創業、20年後株式会社化した樫山株式会社を設立。後に、『オンワード樫山』となる。

2007年に特殊会社化し、『株式会社オンワードホールディングス』に商号変更している。自社ブランドに加え、『Paul Smith』や『Missoni』など様々な海外ブランドとライセンス契約を交わす大企業である。

そして、2015年に前CEO『廣内武』氏と交代でCEOに就任したのが『保元道宣』だ。

出典:http://www.fashionsnap.com/inside/onward-yasumoto/


保元氏は、東京大学法学部卒業。通省産業省(現:経済産業省)の繊維担当後、IT企業を経て、2006年オンワードに入社。

主に、2009年からeビジネスを担当し、5年間で100億円事業に育て上げるなど社内でのIT化の立役者だ。

「国内のファッションのものづくりの基盤が細っているのが現状で、何とか活気を取り戻したい」と語る保元氏は、オムニチャネル戦略を進めていく。

まず、グループ公式通販サイト『ONWARD CROSSET』は8月に大きくリニューアルした。



一方、様々なものがオンライン化している時代、彼は逆に”人と人”というアナログな部分が重要だと感じ、電話での問い合わせにも対応。やはり人間味のあるサービスを求めている人は多いようで、このサービスも好評である。

これが保元氏のオムニチャネル戦略だ。

顧客が購買できる、あり得る全てのチャネル(販路、顧客接点)を統合することに焦点が置かれているこの戦略で、国内でも活気を取り戻そうと計画している。

加えて、前社長『廣内武』氏も取り組んでいた、グローバル戦略を一層加速するために、CEO就任後の9月には『ラオックス(大手総合免税店)』との合併会社を設立。

海外に店を出さずに、ラオックスの店舗にオンワードの日本製衣服を置いて、インバウンドを活用すれば、これから経済成長とともに消費拡大が見込める中国をはじめとするアジアへ向けての新しい戦略になる。

アジアのマーケットに対して期待を抱く保元氏、広い視野を持つ彼の手によって、『オンワードホールデイングス』はこれからどうなっていくだろうか。
 

年間200日以上も海外出張をしたCEOが出したアイデアとは / 株式会社良品計画


『株式会社良品計画』の前身となっているのは、スーパーマーケットチェーン事業を行う会社として設立された『株式会社西友ストアー』だ。

1956年、旧西武グループ・西武百貨店が西武ストアを設立して、支店よりも小型の店舗を分点として出店したのが始まりである。

1971年に西友は、オリジナル商品の開発を始め、その数年後に今までのオリジナル商品をプロトタイプとして新たにラインナップを増やし、「No brand(ノーブランド)」という商品発想の元、1980年『無印良品』と名付けられた。

1989年6月には西友から独立し、(旧)株式会社良品計画を設立。90年代には、株式会社魚力に吸収合併を受け、『株式会社良品計画』に商号変更している。無印良品発足した当初からある「わけあって、安い」というキャッチフレーズを守っている。

そして2015年に株式会社良品計画のCEOを任された人物が『松﨑 曉』氏だ。

1978年に西友ストアーに入社した松崎氏は、当時から『無印良品』の海外進出に大いに貢献してきた人物だ。

出典:http://blogos.com/article/171501/


法務部門に11年ほど務めている間、国際法務を担当していた松崎氏は、1991年、無印良品が海外第1号店を出店する時も、イギリスのロンドンにある老舗百貨店『Liberty(リバティ)』とのパートナーシップ契約書を作成している。

社長に就任するまで常に無印良品の海外事業部を担当し、年間200日以上の出張をしていた松崎氏は、CEOに就任して間もなく、海外事業の3事業部制度(東アジア、西南アジア・オセアニア、欧米)導入。

海外事業部を3つに分けることで負担を軽減し、海外での出店スピードを上げる作戦である。

2016年2月で、国内直営店が312店舗、商品供給店102店舗、海外では344店舗になり、18年には国内の店舗数を海外が上回る予定と語っている。

人々の生活に密着しながら成長を遂げる『良品計画』は、2012年から震災復興の東北を応援したいという想いから、正月限定の『福缶』を企画。各店舗の新年初売り日(店舗により異なる)から購入ができる。

出典:https://www.muji.com/jp/fukukan2016/


日本全国の手作りの縁起物によって、新年に福を届け、日本各地の地域性の面白さや、日本の伝統的な手作りの暖かさを発信しており、海外にも日本の良さを伝えるために、一部店舗で販売している。

これからも松崎氏は、世界の人々に「感じ良い暮らし」を提案していくために、『「わけ」を持った良い品』を提供し続けていくだろう。

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