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フォトグラファー『嶌村 吉祥丸』が見つめる世界。 -最終話- / U-29クリエイターズファイル

2017/01/06 12:21


連載企画「U-29クリエイターズファイル」-最終話- 

各方面において自身のクリエイションを発信する20代の若きクリエイター達を紹介する企画。

若くして活躍するクリエイター達は何に影響を受け、これからどんな未来を見据えているのだろうかか。その真相とクリエイションの源泉に迫る。

今回ご紹介するのは、『i-D』や『DEW Magazine』から『NYLON』まで幅広いファッション誌、そして広告やMIHARA YASUHIROのカタログ等、多くを手がけるフォトグラファー

Kisshomaru Shimamura/嶌村 吉祥丸氏だ。
 
※第一話はこちら

※第二話はこちら

 

多忙な吉祥丸氏のある日のスケジュール




〜ある1日のスケジュール〜
  4:45 ロケバスピックアップ 6:30~8:30 撮影 (ファッションブランド) 9:30~12:00撮影 (雑誌) 13:30~15:00撮影 (雑誌) その後アートギャラリーの仕事



モデルさんを撮る時は基本的にあまり話しかけないかもしれません。ほとんどの撮影は自分がディレクションをして、あとはその場の空気感で作り上げていきます。

モデルさんだけでなく、スタイリストさんや他のスタッフさんを含めて、予想できないような化学変化が起きればいいと思っています。

 

“旬なモデル”や若いモデルを撮る彼が思うこと



 

基本的に撮影するモデルさんは、僕のチョイスではなくクライアントさんのものです。

しかし、NYLONではじめて撮影させていただいた時には、僕の繋がりで『吉村界人』さんと『BENI』さんにお願いしました。

僕の撮っているモデルさんもそうですが、彼ら彼女たちが『旬なモデル』とメディアからひとまとまりに言われる事はなんだかかなしい事だと感じます。

旬があるという事は、旬に終わりがくるという事も意味しているので。
 

『i-D』がピックアップしている人の中には、中学生や高校生などのミレニアル世代の人もたくさんいます。

そういう人たちがテンションの高いカルチャーに早い時期に触れることで、相乗効果はあると思っています。

そのぶん彼らは、今までの世代に比べて早い段階で大人びてしまうでしょう。

しかし、それが何周も回ったとき、より素敵な人になるのかなって思います。

たとえ中高生らしからぬ発言であっても、それはやはりその人が見てきたもの、触れてきたものに応じて出てくると思うのでウソ偽りもないものです。

今はInstagramを使ってラリー・クラークの写真が見れてしまうような時代ですし、今までわざわざ雑誌を買って見なければ見ることができなかったものが、

自然に視界に入りやすくなっているので、大人びてしまうのも無理はないと感じています。

インプットのプロセスが明らかに多様化し、デジタルがより介入してきていると思います。

しかし、そこでアナログにちゃんと落とし込める人が本当に強いと思います。

デジタルデバイスとのコミュニケーションだけで終わらせず、リアルなコミュニケーションと繋げて、それが服や写真という「生もの」として形になった時、彼らの強みがでてくるのかなって思っています。

 

インスタグラマー、SNSに感じる事



 

感度が高いインスタグラマーによる、インスタグラム上のブランディングは”フェイク性”も含めてリアルだと感じています。

“盛れている”写真を常にアップし続けて、フォロワーを獲得している人がいるとします。

しかし、それも「自分を可愛く見せる」というブランディングとして、本人の意思に基づいたものになるのでリアルなのだと思います。

存在しているのなら、それも含めてリアルと見るしかないと思っています。
 
問題は、その後どうするか?という所です。そのフォロワーをどうするのか。

社会活動や政治活動か何かに生かすのか、それともただのSNS上でのインスタグラマーで終わるのか。
 
多くの人は、フォロワーを獲得後にそれらをどうするか考えていないように感じます。

影響力を持っていたとしても、それを有効に使いきれていない。
 
そして、インスタグラマー自身が何をしているかわかっておく必要があります。

SNSユーザーやインスタグラマーが、デバイス上で活動することは、“消費をしている”とも言えます。

しかし、自分もまた“消費されている”事を自覚する必要があると思います。

 

自身の最近出した”the day after yesterday”のコンセプト



先日お披露目した”the day after yesterday”は、湘南T-SITEで展示させていただいた写真をまとめた新聞形式のものとなっています。

これは手渡しでしか渡していない、完全オリジナル作品となっているのですが、載せている写真は全て何も考えずに直感で撮ったものです。
 
コンセプトがないと言えば嘘になりますが、限りなくゼロに近いと思います。

あえて言うのであれば、「意味性の崩壊」ですね。

「これってなんで撮ったの?これは何がいいの?」の「何」にあたるものを、できるだけゼロに近づけました。

“何も考えてない”という事は、常に考えている何かを炙り出す事でもあり、そういう意味ではコンセプトは存在しています。

 

形に残す事の重要性




フィルムのネガにあったその写真を、わざわざ今回形に残したのは、自分の中で何らかの意味を持っています。

残すという事は自分にとって、非常に価値のある事だと考えています。
 
僕は一人っ子だったので、物の存在意義についてよく考えていました。

自分が消えたときに、何が残るのだろうということを考えていた幼少期の延長に、今があるのかもしれません。

だからこそ、そういう匂いのする写真を残していきたいと思っています。
 
写真は哲学や文学にはない非言語的表現であり、僕は宇宙的・哲学的要素と、目の前の日常的要素を融合させたいと思っています。

アーティストは皆、自分は消える存在だとどこかで感じていて、この世界に何を残せるかと、爪痕を残す方法を足掻いて模索していると思うのです。

僕にとっては、それが写真でした。

 

今後の吉祥丸氏は



 

明日の事もわからないので、なるようになっていると願います。

今のまま、自然の流れでやるべき事をやっていけていたらいいですね。
 
私の仕事は、人の繋がりによるものがほとんどです。

僕の名前の由来が、「吉祥」というのが凄く縁起がいい言葉で、幸せを意味しているのですが、その幸せを「丸」で周りの皆と共有するという意味合いがあります。

こんな素敵な名前をつけてくれた親には、とても感謝しています。
 
自分の名の通り、今後も周りの人と一緒に少しずつでも納得できるものを残していきたいと思いますね。
 

 
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