【連載】ヴァージル・アブローが受けた影響 〜#1マルセル・デュシャンの影響〜

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VIRGIL ABLOH (ヴァージル・アブロー)とは、何者なのか。

調べれば調べるほど、彼は歴史とアートの流れを理解する天才であると感じてしまった。もはやファッションデザイナーを超えた存在である。

本連載では、彼に影響を与えた大きな要素について、3回に分けて考察していきたいと思う。

#1:マルセル・デュシャンの影響
#2:建築から受けた影響
#3:「ルールを破る時代」90年代からの影響


もちろんこれらの「影響を与えたもの」それ自体をご存知の方は多いと思う。しかしそれらが繋がっているものだとしたらどうだろうか。本連載では「何が影響したか」ではなく「どう影響したか」を紐解きたいと思う。

第一回は、Marcel Duchamp (マルセル・デュシャン)に受けた影響。

デュシャンは19世紀の終わりにフランスに生まれた、コンテンポラリーアートを代表する芸術家である。彼の最も有名な作品は、誰もが一度は見たことのある『泉 ("Fontaine")』。便器という誰もが知っているものを素材にする事で、便器そのものに対する一般的な概念に疑問を投げかけたとされる。

出典: https://www.centrepompidou.fr/cpv/resource/cMdzAer/rejLpXx


デュシャンは欧米で起こったダダイズムやシュールレアリスムにおける中心人物になることを拒否し続けたが、『泉』や今回話すL.H.O.O.Qという作品が、既成物や常識に対するアンチテーゼを投げかけたという点で、デュシャンはまさに同運動を代表するようなアーティストであっただろう。
 
それでは、そのL.H.O.O.Qと、THE TENのエア・ジョーダン1(以後AJ1)を比較して、その影響がどのようなものか考察していきたいと思う。

 

L.H.O.O.Qとは

 
まずはじめに、デュシャンのL.H.O.O.Qについて軽く説明しておこうと思う。この作品には複数のバージョンが存在し、1919年に描かれた最初のバージョンはパリのポンピドゥーセンターに所蔵されている。
 
外観的な特徴は「世界で最も有名な絵画」の女性にひげを付け足したもの。
 
L.H.O.O.Qというタイトルは言葉遊びで、フランス語では “Elle a chaud au cul.” (「あの女、性的に興奮してる」)に近い発音になる。

L.H.O.O.Q(エル・アッシュ・オ・オ・キュ)

Elle a chaud au cul (エラ・ショ・オ・キュ)
 

出典: https://www.christies.com/lotfinder/Lot/marcel-duchamp-1887-1968-lhooq-5371967-details.aspx


また1965年に発表された最後のバージョンL.H.O.O.Q Rasée(「ひげを剃ったL.H.O.O.Q」)は、外見上何の細工も施されていないモナ・リザのポストカードである。
 
その本質的な違いに関しては、後にAJ1との比較と並行して述べていきたいと思う。
 

アブローのレタリングとデュシャンの言葉遊び

 
THE TENのAJ1には、アブローの代表とも言えるクォーテーションマーク(””)とヘルベチカ書体でのAIRが、アウトソールに書かれている。彼がクォーテーションマークを使用する理由については、HIGHSNOBIETYが次のように書いている。
 

“(…)when words are surrounded by speech marks, their validity is in question. By presenting words as citations, Abloh is taking them out of context, and questioning their seriousness. When he puts “Sculpture” on the side of a handbag, he’s provoking the viewer. What’s the difference between a handbag and a piece of art, really?”

「単語がクォーテーションマークに囲まれている時、その意味は「疑問」になる。アブローがそのマークを使うのは、単語を文脈から抜き取り、そのシリアスな部分を問いかけているんだ。例えばバッグに書かれた“SCULPTURE” は、ハンドバッグとアート作品の差異が何かを見る人に問いかけている。」(HIGHSNOBIETY)



出典: http://www.dazeddigital.com/fashion/article/36233/1/virgil-abloh-redesigns-ikea-s-big-blue-bag-off-white-frakta


クォーテーションマークを使う=皮肉であることが多い。話者は「本当はこんな言葉使うのバカバカしい」と思っているのである。
 
つまりこのマークを使うことで、アブローはファッションアイテムとアートピースの違いを消したことになる。
 
一方でL.H.O.O.Qにおける言葉遊びにはどのような作用があるのだろうか。複数の大学で哲学学の講師を務める永野潤氏は次のように語る。
 

「高橋康也が言うように、デュシャンの言葉遊びとは「「記号表象シニフィアン」(音や綴り)をちょいといじるだけで、「記号内容シニフィエ」(既成の意味)をまったく別のものに変貌させてしまう」(高橋1980 247)ものだ」(『A-A’ —アンフラマンスの狭間でー』より)

 
小難しい表現だが、つまり言葉の見た目を変えるだけで、その言葉の意味を劇的に変えることができてしまう、ということである。
 
そしてデュシャンはこの言葉遊びを「世界で最も有名な絵画」に付け加えることで、モナ・リザとL.H.O.O.Qの間に埋められない違いを生み出したのである。
 
アブローがデュシャンから受けた影響はあくまでインスピレーションなので、まったく同じである必要はない。ただ「言葉」を使うことでデュシャンが「違い」を作った一方で、アブローは二つのものの間に「違い」が存在するかを疑問として提示したのである。
 
しかし、アブローのAJ1はそのどちらでもないわけである。個人的に、他のTHE TENと違いAJ1に書かれたAIRはMichael Jordan (マイケル・ジョーダン)の別名でもあるAIRであると思っている。なぜならシカゴに生まれたアブローにとってジョーダンは特別な存在であるから。
 

出典: https://www.instagram.com/virgilabloh/


そうであった際に考えられることは、アブローはAIRと呼ばれた男のシグネチャースニーカーに“AIR” と書いたこと。両者には差異がないわけである。

つまりアブローにとって、ジョーダンの伝説は絶対的であり、疑問を投げかける理由がなかったのである。
 

アブローが受け継いだデュシャンのREADY-MADE


L.H.O.O.Qは見たとおり既成の芸術をそのまま材料とした、レディ・メイド作品である。彼がこの種の作品を作り始めたのは「レディ・メイド」という言葉が生まれる少し前とされるので、彼もその皮切りを担った一人とも言えるだろう。
 
アブローはAJ1のリコンストラクションのデザイン過程を「デュシャン的なこと」と呼んだ。
 

“Nike designed the original
in Oregon, and then the Duchamp thing was like: “How do I make this shoe different? How do I make you appreciate the shoe?”
「ナイキがオリジナルをオレゴンで作って、その後にデュシャン的なことをしたんだよね。どうやってカスタムしちゃおうか、とか。」(032cより)

 
先ほどデュシャンがL.H.O.O.Qを作ることで、両者の間に埋められない違いを生み出したと書いた。

永野氏はこの「違い」を、デュシャン本人の造語「アンフラマンス」(infra:「〜を下回る」+mince:「薄い」)であるとして、次のように述べた。
 

「(同一性において)「考えうる以上に薄く透明な通過不能の障壁」を示そうとしたのではないだろうか。そして、デュシャンは、まさしく「アンフラマンス」を例示するものとして、「L.H.O.O.Q.」と「ひげを剃ったL.H.O.O.Q.」を作ったのではないだろうか。」(『A-A’—アンフラマンスの狭間でー』より)

 
これまた表現が難しいが、つまりモナ・リザとL.H.O.O.Q Raséeは外見上ほぼ同一であるが、その間のL.H.O.O.Qの存在によりそれぞれの間には絶対的な違いがあるということである。

出典: https://shoeengine.com/air-jordan-1-high-off-white/


AJ1に関しても同じことが言える。スウォッシュの張り替え、結束バンドの付加、シューレースの追加、あらゆるディテールが今や「ヴァージル・アブロー」を瞬間的に想起させるものであり、オリジナルのAJ1との間に埋められない差異、アンフラマンスが存在している。
 
 
アブローは自身のインスピレーションのほとんどが90sから来ていると話す。そんな彼のクリエイションにおいて、レタリングはグラフィティからの影響も強いと思うが、レディ・メイドの考えは1968年に他界したデュシャンからインスパイアされたものであろう。

今回述べたデュシャンのアンフラマンスやレディ・メイドは、今後連載するテーマである建築や90年代の解釈にも影響するものである。
 
THE TENのAJ1を介して改めてアブローの近代アートの知識と、それをコンテンポラリーアートに組み込む巧みさに脱帽させられてしまった。