マリア・グラツィア・キウリ、フェミニズムか「自由」か

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60年代のファッション雑誌の誌面やポスターで埋め尽くされたランウェイを演出し、ファッションをはじめ文化的・社会的におけるあらゆる面での女性の自由や個性が「露わ」になった当時にオマージュを捧げたDior (ディオール)の2018/2019秋冬プレタポルテ。
 
DIORMAGを除いて、日本のサイトやメディアではほとんど取り上げられていないが、今回Maria Grazia Chiuri (マリア・グラツィア・キウリ)のインスピレーション源となったのは、フランス社会、そして世界に一石を投じた1968年の運動「五月危機」だ。

出典: http://www.beautydecoder.com/luxe-causes-environnement-lacoste-dior-balenciaga/scenographie-defile-dior-militant/


フェミニストとされるキウリは、これまでも60年代に女性像に変革をもたらした時代のディオールと自身の発想を見事にリンクさせてきた。
 
しかし今年50周年を迎えたこの五月危機において、発端となったのはパリ郊外ナンテールの学生運動。それに乗っかったのは労働者と左翼だ。果たして今コレクションが表現するものが単なるフェミニズムかどうか、考えてみたいと思う。
 

五月危機とフェミニズム

 
1968年、問題の5月に入るまでパリ大学ナンテール校では、政治に対するアンチ思想を抱いた学生たちによる教室の占領や届け出のされていないデモがしきりに行われていた。
 
それにより大学構内への立ち入りを禁止された学生らはパリ・カルチエラタンのソルボンヌ校へ集結し学生集会を開催するが、ここでも同様に締め出しを喰らうことになる。
 
この措置への怒りを以って彼らが抗議運動をしたのが5月6日。4日後には学生の数は2万人に達したとされる。

出典: http://www.lepoint.fr/societe/mai-68-fut-un-temps-d-abus-et-de-transgressions-extremement-violentes-12-02-2018-2194218_23.php


(写真は五月危機のスローガンの一つ、「禁止することを禁止する」)
 
2万人と言えど、彼らは学生であり市民である。この抗議運動に対する警察の暴力をパリの人々が黙って見過ごすことはなかった。先述のように運動は労働組合はおろか極左政党をも味方につけることとなり、月の最後には一千万人がストに参加した。
 
結果から言えばこの五月危機はフランスの当時の政権を変えるまではいかず、「革命」とはならなかった。しかし学生主体の運動が世論や社会に大きなインパクトを残したことは世界を驚かせた。「神田を日本のカルチエラタンに!」のスローガンを掲げた同年の神田カルチエラタン闘争もその影響を受けた一つである。
 
ここで疑問として挙がるのが、「フェミニズムは?」である。フランス人であれフェミニストであれ五月危機とフェミニズムが直接の関係を持つことには否定的な考えが多い。
 
フランスの記事寄稿プラットフォームMediapartでこれに関する記事を一つ見つけた。
 

“Absentes du mouvement de mai, les revendications des femmes se sont pourtant exprimées dès l’automne 68(…) Mais en 68, malgré quelques indices dont je parlerai plus loin, leur visibilité est égale à zéro.Cette question de « mai 68 et les femmes » en appelle une autre : « Mai 68. Et après ? »”
「5月の運動がなかったとしても、史実通り1968年の秋の後の女性の声は社会に届いていた。でも後述するように、フェミニズム運動のそれまでの兆しがいくつかあったとは言え先は全く見えていなかった。『五月危機と女性』ではなく『五月危機とその後』として考えるべき」(Mediapartより)

 
68年以降の女性の声、は1970年のMLF( Mouvement de libération des femmes、女性解放運動)の設立である。

さらに 当時MLFに参加したメンバーFrançoise Picq(フランソワーズ・ピック)とMichèle Idels(ミシェル・イデル)は次のように語る。
 

"”Avant mai 1968, on n'avait pas conscience de la domination masculine.(…) la "révolte contre l'autoritarisme" en mai 68 a été "un souffle de libération de la pensée, la sortie des carcans", dans une société "codifiée" où "le moule social était extrêmement fort".”
「1968年以前は社会の男性優位性を意識していなかった。五月危機における『権威主義に対する反発』は、体系化した社会の中で、思想の自由や束縛からの解放の起爆剤になっていたわ。」(FranceSoirより)


出典: http://motsaiques2.blogspot.com/2013/08/p-260-le-26-aout-1970-hommage-la-femme.html


この時代はヨーロッパ中でフェミニズムの第二波が生まれた。選挙権を得るなどの成果を生んだ第一波の後の静けさを、学生らが打ち破ったということだろう。
 
これがディオールがプレタポルテに選んだ五月危機である。
 

メゾンが持つ自由:過去と未来の融合

 
VOGUEのインターナショナルジャーナリストSuzy Menkes(スージー・メンケス)はディオールのこのコレクションに魅せられた女性たちに一つ注意をしている。
 

“There is one caveat: it was Yves Saint Laurent which became the rebellious brand, raising the ire of straight-laced women, while Dior, once a shocker with its New Look skirts, was by 1968 a stable, sober house. Its clients were probably concerned about the 1968 riots rather than likely to join in.”
「一つだけ警告があります。カタブツな女性の怒りを買って反抗的なブランドになったのはYves Saint Laurent(イヴ・サン・ローラン)であり、ニュールックなどで一時は社会にショックを与えたもののディオールは1968年までには落ち着いたメゾンになっていました。その客層は五月危機に憤りを感じていたマダムたちだったでしょう。」(VOGUEより)

 
間違いなくそうだ。それに社会の歴史とメゾンの歴史双方を知った上でなければ、「ディオール2018AWプレタポルテのインスピレーションは五月危機」の知識をひけらかすのも下劣の極である。
 
しかしここでキウリの歴史の誤認があったと考えるのはもちろんもっと不可ない。彼女が語った今回のコレクションのテーマはこうだ。
 

"We speak about freedom, about rebellion, and there are many references. The checks come from Mr Dior's years; we made chemises that came from Marc Bohan [a later Dior designer, from 1960 to 1989]. There is even a "unisex" outfit. You can mix them together. I think luxury brands should be timeless. Some things come from the past and some from the present."
「自由や反抗がテーマであり、それは様々な形で現れています。チェック柄はムッシューディオール時代のもの、シャツは30年メゾンに献身したMarc Bohan(マルク・ボアン)のもの、『ユニセックス』だってある。私たちはそれらをミックスすることができる。ラグジュアリーブランドはタイムレスであるべき。過去と未来をつなげていくのよ。」(VOGUEより)


出典: https://www.lofficiel.com/fashion-week/dior-sur-les-barricades


このランウェイを当時のメゾンの顧客が見れば、もしかすると失望さえするかもしれない(流行りが違うと言われれば身も蓋もないが)。しかしテーマは「反抗」と「自由」。何十年に及ぶディオールのヘリテージを守りつつ、キウリはメゾンの過去に「C’est NON」(NO.)を突きつけた。
 
美しい線引きである。
 
 
歴史上今までにないほどに思想の自由を得た私たちは、クリエイションのミクスチャーをすることができる。それは音楽も然り、50年前と違いThe BeatlesとThe Rolling Stonesの両方を好き好んでいても文句は言われない。
 
男性優位性に気づかず反抗もしなかったマダムを飾ったブランドが、今その過去の性格に「反抗」したのは、フェミニズムではなく「自由」を求めての事だ。