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『 ジャッキー・スタイル 』 ファッションアイコンとしてのジャクリーン

2017/04/04 14:01


いまだ脚光を浴びるジャッキーのドラマテックな人生

2017年3月31日から全国にて上映予定の映画『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』


出展:Stephanie Branchu/20th Century Fox.


ジャッキー:本名 Jacqueline Lee Bouvier Kennedy Onassis(ジャクリーン・リー・ブーヴィエ・ケネディ・オナシス)は言わずと知れた、第35代アメリカ合衆国大統領、ジョン・F・ケネディー(JFK)のファーストレディだ。

彼女のファッションはジャキー・スタイルと呼ばれ全米に旋風を巻き起こす。

1994年が生涯の幕を閉じるまで、彼女の劇的な人生と生き様は常に人々の注目の的となりパパラッチの標的となったが、現在でも彼女に関する書籍や映画が出版され、ジャクリーンのストーリーは未だに様々な形で語り継がれるほど、『ジャッキー・スタイル』はファッションとしてだけではなく、彼女の人生の物語そのものが『ジャッキー・スタイル』そのものなのだろう。


 

Jacquline Lee Bouvierとしてのジャクリーン 



Jacquline Lee Bauvier(ジャクリーン・リー・ブーヴィエ)は1929年にニューヨーク州に生まれる。

父は株の仲介人の仕事をしており財産家で、ジャクリーンは幼少の頃から乗馬をたしなむほどの裕福な家庭で育ち、ミス・ポーターズ・スクール(1944-1947)、ヴァッサー・カレッジ (1947-1948)、その後フランのグルノーブル大学、ソフボンヌ大学へ進み、1951年にはジョージワシントン大学へ編入しフランス文学を学んだ。





彼女が人生で最初に脚光を浴びたのは、17歳の時に社交界デビュー(デビュンタント)をした際だろう。

オーダーメードのドレスに包まれた少女たちの中にデパートで購入した既製品に身を包んだジャクリーンがヴォーグのコラムニストの目に止まり、その歳のデビュタント・オブ・ザ・イヤーに選ばれる。

大学を卒業後には、ワシントン タイムス-ヘラルド社にて記者を務め始め、当時、上院議員だったケネディーにインタビューをしたことがきっかけで二人の交際は始まり、ケネディーは『Van Cleef & Arpels(ヴァン クリーフ&アーペル)』の2.88カラッとのダイヤモンンドと2.84カラットのエメラルドの指輪でジャクリーンにプロポーズをする。



 

結婚式は1953年9月2日にロードアイランドのセント・マーリーズ教会で挙式、ハーマースミスファームにてパーティーが行われ、パーティーには約1200人のゲストが参列したと言われている。

ウエディングドレスはアン・ローウェーによるデザインのものでアイボリーのシルク製のもの。

現在はこのウエディングドレスはボストンにある『John F. Kennedy Presidential Library & Museum (ジョン・F・ケネディー 図書館&美術館)』で実際に目にすることができる。





最初の子供は死産してしまうが、1957年には現在の駐日大使であるキャロライン・ケネディを出産するも、三人目の子供をまたもや早産で亡くしてしまう。

四人目として、ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ・ジュニアを1960年に出産し、最終的には二人の子供を育てた。

翌年からケネディーの第二期目の参院選が始まり、この頃からジャクリーンは遊説先を回り彼女のファッションやスマートな対応が脚光を浴び雑誌に特集を組まれることも多くなる。




 

ファーストレディ 『ジャクリーン・ケネディー』



1960年の大統領選挙でJFKが勝利を収めると同時に、彼女へのファーストレディ”ジャクリーン”への注目度は高まる。

本来ファッションが大好きな彼女は国民の声に応えるかのようにファッションへのこだわりを貫いた。

JFKの大統領の給料が$5,000にもかかわらず、彼女が年間にファッションに費やした金額は$3,000 (現在の価値にすると$184,000)と言われている。

フランスのデザイナーブランドが好きで『Dior (ディオール)』、『Chanel(シャネル)』などのファッションを頻繁に身につけていた。

ファーストレディ時代の専属デザイナーはオレグ・セッシー二で1961年〜1962年の二年間に約300着のジャクリーンの衣装を手がけた。(下記写真はオレグ・セッシー二のもの)



ジャクリーンの生活スタイルや世界中注目を浴びるきっかけになったのは、1962年にCBSとNBCが共同で制作したスペシャル番組、『A Tour Of The White House(ア・ツアー・オブ・ザ・ホワイト・ハウス)』でホストを務めたことも大きい。

このスペシャル番組は1962年のエミー賞を受賞し、中国やロシアを含む世界50カ国で放送され、8000万人の人がこの番組を見たと言われている。

今回、日本で上映される映画『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』においても、この番組内で着用した衣装をメインイメージに使用するほどの、ジャックリーンの象徴的なイメージとなっている。




 

『ジャッキー・スタイル』を確立させたアイテム



『ジャッキー・スタイル』は“シック&シンプル”。

当時のアメリカ国民の憧れの『ジャッキー・スタイル』はヘアスタイルと彼女の独自のアイテムを取り入れたファッションスタイルだ。


1. ピルボックス・ハット




2. ヘッドスカーフとサングラス

このオーバーサイズのサングラスはレイバンのもので『Jackie O' Sunglass』(ジャッキー・オー・サングラス)と呼ばれ、現在も人気のサングラススタイルだ。

さらに、ジャクリーンが持つGUCCIのバッグは今でも『Jackie O' Bag』(ジャッキー・オー・バッグ)として多くの人に愛されている。




3. 大粒のパールのネックレス、スリーブレスドレス、肘丈のグローブ

多くのシチュエーションで彼女は袖なしのドレスに大粒のパールネックレス、そして肘丈のグローブを合わせた。




4. コートスタイル

Aラインのコートスタイルが多く着用していたが、素材やデザインのバリエーションは豊富だった。




ファーストレディとしてファッションアイコンとして彼女はアメリカに影響を与えたものの、1963年にJFK(ジョン・F・ケネディー)の暗殺事件が起きてしまう。

この日の彼女の『ジャッキー・スタイル』は『CHANE(シャネル)』のピンクのツイードのスーツにピロポックス・ハットの装い。

JFKの暗殺後、このピンクの血まみれになったスーツを着て「犯人に自分がどんなことをしたのかみつせつけてやりましょう!」と言い、そのピンクのスーツを24時間着続けたそう。




 

ジャクリーン・リー・ブーヴィエ・ケネディ・オナシスへ



JFKの暗殺事件があった、1963年にジャクリーンは次の夫となる「20世紀最大の海運王」の異名を持つギリシャの実業家、アリストテレス・オナシスと出会う。

実の妹にオナシスのクルーズパーティに正体されたのだ。

JFKの死後、ジャクリーンに積極的にアプローチをしたオナシスは1968年の5月にジャクリーンにプロポーズ、ジャクリーンはこの年の10月20日にオナシス所有のスオルピオス島で結婚式を挙げる。

エンゲージリングは誕生石の17.68ctのルビーと1ctのダイヤモンドの『Van Cleef & Arpels(ヴァン クリーフ&アーペル)』のものだった。





ウエディングドレスは『VALENTINO(ヴァレンティノ)』のアイボリーカラーのシルクシフォンレーストップとプリーツスカートのアンサンプル。

この時もまた彼女の『ジャッキー・スタイル』は世間の注目を浴びた。

しかし、オナシスとの結婚は結婚後1年後には破綻し、別々の生活が始まり、1973年のオナシスの長男の死亡をきっかけにオナシスはアルコールに溺れ、2年後の1975年にフランスで死亡する。

この頃に二人の離婚の話し合いが進んでいたが、結局のところ、二人は離婚をしないままにオナシスは死を迎えた。

その後、ジャクリーンは1979年にダイヤモンドブローカーで裕福なビジネスマンだったモーリス・テンプルズマンと出会う。




1994年にジャクリーンは生涯の幕を閉じる。

その際に彼女に寄り添っていたのは、ジャクリーンの二人の子どもとテンプルズマンだった。

晩年のジャクリーンはテンプルズマンとニューヨークで仲睦まじい姿が目撃されていた。



 

“A person once said.... there comes a time in life, when you walk away from all the drama and people who create it. You surround yourself with people who make you laugh, forget the bad that cause grief and shame, and focus on the good that make you proud. So love the people who treat you right, pray for those that don't. Life is too short to be anything but happy. Falling down is a part of life, getting back up is living. ”
-Jacqueline Lee Bouvier Kennedy Onassis


ある人が言っていたわ。

いままでの人生ドラマやそのドラマを作った人が去っていく日がいずれやってくるって。

周りには笑わせてくれて、悲しみや辛い最悪の出来事を忘れさせてくれて、自分自身を誇りに思うことを大切にしようって感じさせてくれる人がいる。

愛って自分をあるべき姿に導いてくれるの。

人生って楽しむしかないのよ。

朽ちていくことは人生の一部だけど、立ち上がることは生活なの。


ージャクリーン・リー・ブーヴィエ・ケネディ・オナシス

 

ジャクリーンがセルフプロデュースした『ジャッキー』



ジャクリーンの人生はフィクションの映画やドラマよりも遥かにドラマティックだ。

世間が作り上げた彼女のイメージは映画のヒロインのようにおしゃれでエレガントでスマート。

きっと世間はジャクリーンの人生を結末が気になる映画を見るかのように見ていたのだろう。

一方でジャクリーンもヒロイン的存在を楽しむように、自分自身を『ジャッキー・スタイル』とファッションアイコンとしての存在を楽しんでいたようにも感じる。

ファーストレディ時代にはフランスのファッション雑誌を頻繁に目を通し、オレグ・カッシーニに依頼をしていたという話もある。

さらに、フォトグラファーのマーク・ショーはケネディ一家の多くの自然体な写真を残していて、特にジャクリーンのプライベートな一面を彼の写真を通して世に伝えることを選んだ。





『ジャッキー』はジャクリーンがセルフプロデュースした別の人物だったのではないだろうか。

『ジャクリーン・リー・ブーヴィエ・ケネディ・オナシス』この彼女の名前に込められた彼女の意図、そして彼女が歩んだドラマテックなストーリーを感じる。

これから先も彼女を題材にした映画やドラマが作り続けられるだろう。